2007/11/24

ごぶさたでした

前回更新してから、早くも一ヶ月が経ってしまいました。その間、木野祭、推薦入試などで二回ほど授業がとんだのですが、そうはいっても、


 ・第4講 「記号学の誕生」(10/26)
 ・第5講 ロラン・バルトについて(11/16)
 ・第6講 ゼビウスの話(11/23)


と3回の授業をやりました。第4講、第5講ではプロップが再発見された話から始まって、物語論(ナラトロジー)や記号学の研究がさかんに行われたという話をしました。とくに第5講では、記号学的実践の一例として、バルトの『モードの体系』に注目し、この本の中でバルトがどのようにしてモードの分析を行ったか、バルトがモード雑誌の記述(バルトがいう「書かれた衣服」)を分析の対象とことに対する批判は妥当なものか、といったテーマについて話をしました。開講以来、この授業では構造主義関連の話をえんえんとしてきましたが、それもこの回で終わりです。


昨日の第6講では、休日だからということもあり、後半戦へのイントロダクションをかねて、担当河田が先日中国でしゃべってきた、80年代のビデオゲーム、ゼビウスの話をしました。「ゼビウス論」に入る前の、ゼビウスそれ自体の話がだいぶ長くなってしまったので、授業後半へのイントロダクションになったかどうかはちょっと微妙ですが、何人かの人からは、ゲームの話だから面白かったとのコメントをもらいました。前半戦は、テーマの設定上、わりと小難しい話が多かったですが、次回以降、映像資料もちょこちょこ使っていく予定なので、楽しみにしていて下さい。


さて、次回の予告。いろいろ迷ったのですが、次回はやっぱりフーコーの話をすることにしました。ベラスケスの《侍女たち》や、マグリットの《これはパイプではない》と題された一連の作品に対してフーコーが行った分析についても触れるつもりですので、お楽しみに。

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